企業の寄附や社会貢献を「どう届けるか」を考えるとき、意外な手本になるのが一本の清涼飲料です。慈善活動家メリンダ・フレンチ・ゲイツがTEDで語った「非営利はコカ・コーラから何を学べるか」という講演を、社会貢献に取り組む読者向けに要約します。動画はこちら: What nonprofits can learn from Coca-Cola|Melinda French Gates|TEDxChange。
以下は2010年のTEDxChangeに登壇したメリンダ・フレンチ・ゲイツ(慈善活動家、ゲイツ財団 共同創設者)の見解の要点であり、査読を経た研究ではありません。本記事は字幕の内容を要約・翻訳・再構成したもので、登壇者の主張は「〜と述べる」「〜と紹介されている」という形で記述しています。数値や事例はすべて登壇者がトーク内で語ったものです。
Q1. なぜ「コカ・コーラに学ぶ」という発想が生まれたのか
登壇者は仕事で発展途上国をたびたび訪れます。土の床、水道も電気もない家庭を世界各地で目にする一方で、どんな僻地にも必ずあるものに驚いたと言います。それがコカ・コーラでした。「コークはどこにでもある」——途上国を旅すると、その存在は当たり前のように感じられたそうです。
ワクチンやコンドームといった支援を届けようとする立場からすると、「なぜ彼らはこんな遠隔地までコークを届けられるのか。できるなら、政府やNGOにもできるはずではないか」という問いが自然に浮かんだ、と語られています。
どれくらい「どこにでもある」のか
講演では、コカ・コーラは1日に15億杯を販売していると紹介されています。これは地球上の老若男女すべてが毎週1杯飲んでいる計算になる、という規模感です(いずれも登壇者のトーク内の発言)。これほどの普遍性をつくり出す仕組みを分析できれば、その教訓を公共の利益に応用し、命を救うことにつなげられる——それが講演の出発点です。
Q2. コカ・コーラから学べる「3つのこと」とは
登壇者は、コカ・コーラから学べる点を大きく3つに整理しています。
- リアルタイムのデータを集め、それをすぐ製品に反映させること
- 現地の起業家の才能を活用すること
- 卓越したマーケティングを行うこと
以下、それぞれを社会貢献の届け方という観点から見ていきます。
Q3. データの使い方はどう違うのか
コカ・コーラには株主への利益という明確な目標があり、データを進捗の測定に使います。何かを学べばすぐ製品と市場に戻すという継続的なフィードバックループがあり、「ナレッジ&インサイト」という専門チームも持つと紹介されています。例として、ナミビアでは107の地区それぞれで、スプライト・ファンタ・コークの缶か瓶か、売れた場所が街角の店か・スーパーか・手押し車かまで把握しており、売上が落ちれば原因を特定して対処できる、と語られています。
一方、開発支援では評価がプロジェクトの最後に来るため、データを使うには遅すぎる、と指摘されます。あるNGOの人はこれを「暗闇でのボウリング」と表現したそうです。ボールを投げ、ピンが倒れる音は聞こえても、明かりがつくまでどれが倒れたか分からない——リアルタイムのデータは、その「明かり」をつけるものだ、というたとえです。
Q4. 「現地の起業家」を活用するとはどういうことか
コカ・コーラは1928年からアフリカにいましたが、長らく大型トラックに頼る先進国型の流通では、良い道のない遠隔地に届きませんでした。そこで、現地の人々が製品をまとめ買いして手の届きにくい場所で再販していることに着目し、1990年から現地の起業家を育てる方針へ転換したと紹介されています。
小口の融資を提供して「マイクロ流通センター」として立ち上げ、そこで雇われた販売員が自転車・手押し車・一輪車で製品を売り歩く仕組みです。講演時点でアフリカには約3,000のセンターがあり、約15,000人を雇用、タンザニアとウガンダではコカ・コーラの売上の90%を占めると語られています(いずれもトーク内での発言)。
社会貢献の側はここから何を学べるか
講演で挙げられた例が、エチオピアの保健普及員プログラムです。多くの人が保健施設まで1日以上かかる状況を受け、政府はインドのケララ州の仕組みを学んでエチオピア向けに適応させ、2003年に開始。35,000人の保健普及員を育成し、5年で配置比率が「3万人に1人」から「2,500人に1人」へ改善したと紹介されています。
家族計画・出産前ケア・子どもの予防接種・出産のための施設受診の助言などを担い、2000年から2008年にかけて乳幼児死亡率が25%低下した背景にこのプログラムがある、とされています(いずれもトーク内での発言)。地元の人こそ、届きにくい場所への到達方法と、人々を動かす動機を知っている——だから現地の才能を活用すべきだ、というのが要点です。
Q5. なぜマーケティングが鍵になるのか
コカ・コーラの成功は最終的に「人々がコーラを欲しがる」という一点にかかっている、と登壇者は言います。そのマーケティングの秘訣は「憧れ(aspirational)」であり、製品を人々が送りたい暮らしと結びつける点にあります。グローバル企業でありながら、非常にローカルなアプローチを取るのが特徴だと述べます。
世界共通のスローガン「Open Happiness(ハピネスを開けよう)」を各地で現地化し、ラテンアメリカでは幸福を家族生活と、南アフリカでは地域からの敬意(seriti)と結びつけた、と紹介されています。ワールドカップ向けにソマリア出身のヒップホップアーティストK'Naanがつくった曲「Wavin' Flag」は18言語にローカライズされ、17か国でポップチャート1位になったと紹介されています(いずれもトーク内での発言であり、実際のチャート記録は異なる可能性があります)。
社会貢献のメッセージは何が違うのか
一方、保健・開発のマーケティングは「憧れ」ではなく「回避」に基づいている、と指摘されます。「コンドームを使え、エイズになるな」「手を洗え、下痢になるかもしれない」——これらは「Wavin' Flag」のようには響かない、と。人々が何かを必要としているなら、それを欲しがらせる必要はない、と思い込むのは根本的な誤りだ、というのが講演の主張です。
変化の兆しとして衛生(トイレ)の例が挙げられます。トイレをただ建てても使われず、家の敷石や穀物倉、鶏小屋に転用されてしまう。そこで地域と対話したうえで、トイレを「現代的で流行の便利なもの」として位置づけ直す。インド北部のある州ではトイレを求婚と結びつけ、トイレのない男性との結婚を女性が拒むという動きが起きた、と紹介されています。これは命を救う革新的なマーケティングだ、と評価されています。
Q6. 3つを組み合わせると何が起きるのか
データ・現地の人材・マーケティングの3つが組み合わさった強力な例として、ポリオ(小児まひ)が挙げられます。20年で発生が99%減り、1988年に約35万件あった症例が、2009年には1,600件まで減ったと紹介されています(トーク内での発言)。
インドでは、まひを報告する35,000人の現地医師、薬局を含む大規模な報告網、250万人のワクチン接種員が支えになっています。講演では、ビハール州の生後18か月の男児シュリラムの例が語られます。発症から検体採取、ポリオの型と株の特定、そして感染拡大を防ぐために約200万人へ一斉接種する「モップアップ作戦」までを1か月足らずで進めた——現地の人々がデータを手にすれば命を救える、という実例です。
残された課題は何か
ポリオに残る課題は、意外にも現場ではなく「資金提供者側のマーケティング」だと指摘されます。G8諸国は20年にわたり寛大に支援してきたものの、「ポリオ疲れ」が生じ、資金が続かなくなりつつある、と。目標まで99%来ているのに資金が尽きかけている、という状況です。もしマーケティングがもっと「憧れ」に根ざし、ここまで来た到達点とこの病気を根絶する素晴らしさに焦点を当てられれば、ポリオ疲れを乗り越えられる——そうすれば、史上2つ目の根絶された病気になり得る、と締めくくられています。
最後に登壇者は、自分にとっての幸福とは「母親が健康な赤ちゃんを腕に抱いている姿」だと述べ、あらゆる分野の革新者から学べば、その幸福もコカ・コーラと同じくらい「どこにでもある」ものにできる、と語りました。
日本企業のCSR・社会貢献担当者への示唆
このトークは特定の国や制度ではなく、社会的な価値を「どう届けるか」という普遍的な問いを投げかけています。日本企業のCSR・サステナビリティ・社会貢献担当者の視点からすると、「リアルタイムデータによる進捗管理」「現地パートナーへの権限委譲」「受け手の願望に訴えるメッセージ設計」は、企業の寄附プログラムや地域連携施策の設計にも応用できる視点です。あくまで登壇者個人の見解として、社会貢献の届け方を見直す一つの出発点になるでしょう。企業の寄附に関連する論点は企業の寄附ハブでまとめています。
この動画について
- 登壇者: メリンダ・フレンチ・ゲイツ(Melinda French Gates)/慈善活動家(ゲイツ財団 共同創設者)
- 主催: TED(TEDxChange 2010年9月)
- 講演名: What nonprofits can learn from Coca-Cola
- 動画URL: https://www.youtube.com/watch?v=GlUS6KE67Vs
※本記事は上記講演(英語)の字幕内容のみを根拠とした日本語要約です。詳細やニュアンスは原典の動画をご確認ください。