本稿は倫理学者でプリンストン大学教授のピーター・シンガーによるTED講演(TED2013、2013年3月)を要約したものです。査読を経た研究論文そのものではなく、登壇者の見解です。企業や個人が寄付・社会貢献を考える際の視点として論点を整理しています。特定の団体を推奨する意図はありません。なお講演の根底にある「豊かな者は救える範囲で寄付する道徳的義務を負う」という論は、シンガーが1972年に学術誌『Philosophy & Public Affairs』へ発表した論文「Famine, Affluence, and Morality」(1972)で体系化したものです(本稿の二次的な学術的背景として付記。講演の要約自体は上記TED講演の字幕を根拠とします)。
効果的利他主義とは何か
シンガーによれば、効果的利他主義とは「心」と「頭」の両方を活かす考え方です。困っている人への共感を出発点にしつつ、その行動が本当に効果的で、正しい方向に向かっているかを理性で確かめる。彼は、相手が遠く離れていても、国籍や人種が違っても、苦しみや子を失う親の悲しみは自分たちと変わらず、その人たちの命と幸福も自分たちと同じくらい重要だと理性が教えてくれると語ります。
なぜ「効果」をそこまで重視するのか
講演では、街頭で目の前の負傷した子どもを助けるかどうかという問いと、遠く離れた場所で予防可能な貧困関連の病で亡くなる子どもたちを救えるかどうかは、道徳的に違いがないとされます。シンガーは、ユニセフの報告として2011年に5歳未満の子ども690万人が予防可能な貧困関連の病で亡くなったこと、これは1990年の1200万人から着実に減ってはいるものの、1日あたり1万9000人が亡くなっている計算だと紹介します。問題は彼らが目の前にいないことではなく「この死者数を減らせるか」であり、答えはイエスだと述べます。
同じ寄付額でも結果はどれほど変わるのか
シンガーは、慈善団体の効果には数百倍から数千倍の差があり得ると述べ、効果的なものを見つける重要性を強調します。例として盲導犬を挙げます。盲導犬を訓練し、受け取る人を訓練するには約4万ドルかかる一方、発展途上国でトラコーマによる失明を治すには1人あたり20〜50ドル程度。同じ資源で、アメリカ人1人に盲導犬を提供するか、400〜2000人の失明を治すか、という比較になると説明します。
富豪でなくても効果を出せるのか
はい、という立場です。講演では、生涯所得の一定割合を寄付すると決めた人々が紹介されます。オックスフォード大学の哲学研究員トビー・オードは、学者としての生涯収入から計算して、発展途上国で8万人の失明を治せるだけ寄付してもなお十分な生活ができると気づき、「Giving What We Can」という団体を設立。生涯収入の10%を世界の貧困と闘うために寄付すると誓う運動を広げています。オード自身は年1万8000ポンド(3万ドル未満)で暮らし、残りを寄付すると誓っており、結婚もし住宅ローンもあると述べられます。
キャリアそのものを社会貢献に使えるか
講演では「キャリアをすべて投げ打って人を救うべきか」という問いも扱われます。オックスフォード大学の哲学大学院生ウィル・クラウチ(現在のウィル・マクアスキル)は、多くの人がキャリアに費やす時間にちなんだ「80,000 Hours」というサイトを立ち上げ、最も効果的なキャリアの選び方を助言しています。意外なことに、適性と人格があれば銀行や金融の道も勧められます。理由は、高い収入を得れば多くを寄付でき、成功すれば援助団体が発展途上国で援助者を雇えるだけ寄付でき、より大きな影響を生み出せるからだと説明されます。実例として、プリンストンで哲学と数学を学んだマット・ウェイジ(Matt Wage)が金融の道に進み、十分な生活費を残しつつ相当額を効果的な慈善団体に寄付していると紹介されます。
寄付先の効果はどう見極めるのか
講演で紹介されるのは、団体の運営の良し悪しだけでなく実際の効果を評価する「GiveWell」です。数百の団体を精査し、当時推奨する団体を絞り込んでおり、その一つがマラリア対策の「Against Malaria Foundation(AMF)」です。より広いリストとしては「thelifeyoucansave.com」と「Giving What We Can」も挙げられます。あわせて、効果的な動物保護団体を見る「Effective Animal Activism」や、人類の絶滅リスク(例として地球に接近した小惑星)を減らす取り組みにも触れられています。
寄付は負担ではないのか
シンガーは、寄付を負担とは考えていないと語ります。彼自身、大学院生のころからずっと寄付を楽しみ、満たされてきたといいます。講演では「シジフォスの問題」という比喩が使われます。神に罰せられ巨石を山頂へ押し上げては転げ落ち、それを永遠に繰り返すシジフォスのように、消費生活も働いて稼ぎ消費し、また働く「快楽のトレッドミル」に陥りがちです。効果的利他主義はそこから抜け出す意味と充足、そして自分の人生が生きるに値したと感じられる自尊心の土台を与えてくれると述べられます。実例として、寄付を始めて以来「自分が救っている命は自分自身だ」と語った人や、効果的利他主義に関わって以来うつと闘わなくなり最も幸せな人の一人になったという人が紹介されます。
「同じ寄付額でも効果は大きく変わる」という効果的利他主義の問題意識は、企業の寄附設計にも通じる視点です。寄付の効果をどう測るかという論点は寄付のインパクト測定の基礎で、企業の寄附に関する記事全体は企業の寄附ハブでまとめています。
この動画について
- 登壇者: ピーター・シンガー(Peter Singer)/倫理学者・プリンストン大学教授
- 講演: The why and how of effective altruism
- 主催: TED(TED2013、2013年3月)
- 動画URL: TED公式ページ(英語)
本稿は上記講演の英語字幕(自動文字起こし)のみを根拠に要約・翻案したものです。内容は登壇者個人の見解であり、特定の団体・寄付先を推奨するものではありません。
よくある質問(FAQ)
効果的利他主義とは何ですか。
困っている人への共感(心)を出発点にしつつ、その行動が本当に効果的で正しく方向づけられているかを理性(頭)で確かめる考え方です。シンガーは、相手が遠くにいても国籍や人種が違っても、その命と幸福は自分たちと同じだけ重要だと理性が教えてくれると述べます。
なぜ寄付先によって結果が大きく変わるのですか。
シンガーは慈善団体の効果には数百倍から数千倍の差があり得ると述べます。例えば盲導犬1頭の訓練に約4万ドルかかる一方、発展途上国でトラコーマによる失明を治すのは1人20〜50ドル程度で、同じ資源で400〜2000人の失明を治せるという比較が示されます。
富豪でなくても意味のある貢献はできますか。
はい、という立場です。生涯収入の10%を寄付すると誓う運動「Giving What We Can」を設立したトビー・オードや、金融の道に進んで相当額を効果的な慈善団体に寄付するマット・ウェイジなど、富豪でない人々の実例が紹介されます。
寄付先の効果はどうやって調べればよいですか。
講演では、運営の良し悪しだけでなく実際の効果を評価するサイト「GiveWell」が紹介されます。数百の団体を精査し推奨先を絞り込んでいます。より広いリストとして「thelifeyoucansave.com」と「Giving What We Can」も挙げられています。
寄付は負担になりませんか。
シンガーは寄付を負担とは考えていないと語ります。消費して稼いでまた消費する「快楽のトレッドミル」から抜け出し、人生に意味と充足、自尊心の土台を与えてくれると述べ、寄付を通じてうつと闘わなくなったという人の例も紹介されています。