2022年のCOP15(昆明・モントリオール生物多様性枠組)、2023年のTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)最終版公表、2024年の日本版「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」——。ここ数年、「企業は生物多様性に対しても開示と行動を求められる」という流れが一気に既定路線になった。CSR担当者としては、気候(Scope1-3)の次に必ず聞かれるのが「自然(ネイチャー)」のテーマである。
本記事では、CSR担当者で生物多様性・ネイチャーポジティブに関心がある方向けに、企業版ふるさと納税を使ってこの分野に貢献する方法を整理する。localgovs.net 独自集計のデータ(2026年4月時点)と内閣府・環境省の公開情報をもとに、寄附先の選び方・稟議の通し方・TNFD開示との接続ポイントまでを実務ベースで解説する。
この記事のポイント
- localgovs.net に登録されている企業版ふるさと納税のうち、「環境保全」+「農林水産業」2カテゴリから生物多様性関連キーワードで抽出した事業は94事業、全国91市町村・40都道府県に広がっている(2026年4月時点・当サイト集計)
- テーマは「森林・植林」「海洋・ブルーカーボン」「里山・里海・湿地」「希少種・絶滅危惧種」「外来種・鳥獣害対策」「自然再生・共生」の6系統で整理できる
- 「生物多様性」という語で直接ヒットする事業はまだ11件、「ネイチャーポジティブ」は2件のみ——つまりこの分野は先行者利益が大きい領域
- CSR稟議では「TNFD開示の裏付け」「30by30への企業貢献」「気候×生物多様性の統合アプローチ」の3語が刺さる
なぜいまCSR×生物多様性×企業版ふるさと納税なのか
これまで日本企業にとって「生物多様性」は環境CSRの一項目でしかなく、具体的な数値目標を持つ企業は少数派だった。しかし次の3つの外部圧力が2023年以降強まり、もう逃げられない論点になっている。
- TNFD開示:自然関連のリスクと機会をLEAP(Locate/Evaluate/Assess/Prepare)フレームで開示する国際枠組みが2023年に確定。日本でも採択企業が急増中で、機関投資家が開示有無で企業を選別し始めた
- 30by30目標:2030年までに陸と海の30%を保全地域にする国際目標。環境省はOECM(民間の自主的な保全地域)を認定する仕組みを走らせ、企業の社有林・社有水域にも認定が広がっている
- ネイチャーポジティブ経済:2024年の政府戦略で、2030年までに自然資本を「減らすのをやめる」のではなく「回復軌道」に乗せる方針が明示。ESG格付けや融資条件にも影響し始めた
つまりCSR担当者としては、気候(脱炭素)と同じ温度感で「自然(ネイチャー)」の施策を提示できるかが、今後3年の評価を決める。企業版ふるさと納税は、このテーマで他社が動く前に地域と深く組める数少ないチャネルである。
localgovs.net 独自集計:生物多様性テーマの事業はどこにどれだけあるか
当サイトに登録されている企業版ふるさと納税事業のうち、内閣府25分類の「環境保全(21)」と「農林水産業(22)」の和集合(重複排除403事業)から、生物多様性関連のキーワード(森林・海洋・里山・希少種・外来種・鳥獣・自然再生・ネイチャーポジティブなど)でフィルターしたところ、以下の規模感だった。
| 集計軸 | 件数 | 補足 |
|---|---|---|
| 環境保全+農林水産業(重複排除) | 403事業 | 内閣府25分類の21+22 |
| うち生物多様性キーワード該当 | 94事業 | 約23%が広義の生物多様性テーマ |
| 対象市町村数 | 91 | 91自治体が何らかの生物多様性事業を登録 |
| 対象都道府県数 | 40 | 47都道府県中40まで広がっている |
| 「生物多様性」直接ヒット | 11事業 | まだ明示的に謳う事業は少数 |
| 「ネイチャーポジティブ」直接ヒット | 2事業 | 先行者利益の大きい空白地帯 |
重要なのは「生物多様性」「ネイチャーポジティブ」を明示的に掲げる事業がまだ13事業しかない点だ。広義の森林・海洋・里山プロジェクトは豊富にあるが、それらをTNFD開示やネイチャーポジティブ経済の文脈で「拾い直す」のがCSR担当者の役割である。先行事例が少ないからこそ、統合報告書で「業界初の自然資本投資」として打ち出せる。
6系統別に読み解く:CSR担当者が選ぶ前に知っておくべきこと
| 系統 | 事業数 | キーワード例 |
|---|---|---|
| 森林・植林・天然林 | 56 | 森林、植樹、植林、人工林 |
| 里山・里海・湿地 | 16 | 里山、里海、ラムサール、棚田 |
| 外来種・鳥獣害対策 | 14 | 外来種、鳥獣、イノシシ、シカ、獣害 |
| 海洋・ブルーカーボン | 12 | 海洋、サンゴ、藻場、ブルーカーボン、干潟 |
| 自然再生・共生 | 6 | 自然再生、ネイチャーポジティブ、30by30 |
| 希少種・絶滅危惧種 | 5 | 希少種、絶滅危惧、レッドリスト |
※ 系統間で重複あり(1事業が複数キーワードを含むケース)。「広義の生物多様性94事業」の内訳として読んでほしい。
系統1:森林・植林・天然林(56事業)
圧倒的に事業数が多いゾーン。戦後植林された人工林の間伐、放置林の再生、広葉樹への樹種転換、天然林の保全などが中心。森林クレジット(J-クレジット「森林管理」)と組み合わせて Scope3外のオフセットとTNFD開示の両取りができる。森林総合研究所のデータによると、日本の森林面積は国土の約67%だが、手入れが行き届いていない私有林・自治体林が多く、ここに企業の資金を入れる意義は大きい。
系統2:里山・里海・湿地(16事業)
生物多様性条約の「SATOYAMAイニシアティブ」で日本発の概念として国際発信されている領域。棚田、里海(漁村の周辺海域)、ラムサール条約湿地などが含まれる。「歴史文化と生物多様性を同時に守る」ストーリーが組めるので、統合報告書・サステナビリティレポートで映える分野。
系統3:外来種・鳥獣害対策(14事業)
ニホンジカ・イノシシ・アライグマなどによる農林業被害と、特定外来種(アメリカザリガニ・ブラックバス等)の駆除がメイン。地味に見えるが、鳥獣害対策は農業被害だけでなく在来生態系の保全に直結する。ジビエ活用・獣害防止柵・捕獲技術DXなど、テクノロジー系企業が参画しやすい。
系統4:海洋・ブルーカーボン(12事業)
藻場・干潟・マングローブ等が吸収する炭素を「ブルーカーボン」として認証するJ-ブルークレジット制度が2020年に発足。藻場再生・サンゴ養殖・磯焼け対策などの事業がここに入る。海運・水産・食品・飲料メーカーにとっては、本業の原材料調達とストーリーが直結する強い領域。
系統5:自然再生・共生(6事業)
「ネイチャーポジティブ」「30by30」「OECM」などの新しいフレームで自治体が打ち出している事業。事業数はまだ少ないが、最も先進的で国際発信しやすい。CSR担当者としては、この系統を1件押さえられれば統合報告書の目玉コンテンツになる。
系統6:希少種・絶滅危惧種(5事業)
コウノトリ(兵庫県豊岡市)、ツシマヤマネコ(長崎県対馬市)、トキ(新潟県佐渡市)、アマミノクロウサギ(鹿児島県奄美)など、象徴種をフラッグシップにした保全事業。メディア露出のしやすさでは頭一つ抜けている分野。動物キャラクターが作りやすく、従業員向けインナーコミュニケーションにも使える。
稟議で使えるキラーフレーズ3つ
CSR担当者が経営層や経理・財務に説明するとき、以下の3つの語を入れておくと稟議が通りやすい。どれも他サイトのコピペではなく、TNFD/環境省の公開資料を踏まえた自前の実務ノートから抽出したフレーズだ。
キラーフレーズ①:「TNFD開示の裏付けとなる自然資本投資」
TNFDの開示要求は「リスクと機会」「戦略」「ガバナンス」「指標と目標」の4本柱。このうち「戦略」と「指標と目標」では、自社が自然に対して具体的に何をしたかを示す必要がある。企業版ふるさと納税で森林・海洋・里山事業を支援した実績は、LEAP分析の "Prepare"(準備・行動)ステップの具体事例としてそのまま記載できる。
キラーフレーズ②:「30by30目標への企業貢献」
政府は2030年までに陸と海の30%を保全地域にする「30by30目標」を掲げており、環境省はOECM(民間の自主的な保全地域)の認定制度を走らせている。自社の社有林・社有水域だけでなく、企業版ふるさと納税を通じて他地域の保全にも関与することで、企業としての30by30貢献量を計上できる。統合報告書に「当社は国内X地域の保全プロジェクトに参画」と書ける。
キラーフレーズ③:「気候×生物多様性の統合アプローチ」
IPCCとIPBESが2021年に共同で出した報告書の最大のメッセージは 「気候と生物多様性は一体で扱え」だった。森林保全は炭素吸収(気候)と生態系保全(自然)を同時に達成する。ブルーカーボンも同じ構造。既存の脱炭素施策の延長線上に生物多様性を組み込むことで、追加コストを抑えて両テーマの開示に対応できる——という説明は、経理・財務に特に響く。
進め方:TNFDに追い立てられたCSR担当者がまず取るべき3手
- LEAPの"L"(Locate)を借用する:TNFDのLEAPフレームの最初のステップ"Locate"で、自社のバリューチェーンが自然と接する地域を洗い出す。ここで出てきた地域に事業一覧で該当する事業があるかを確認する。本社所在地だけでなく、原材料調達先・主要工場所在地・販売先が狙い目
- 6系統から1〜2系統に絞る:上の6系統すべてに手を出すと散漫になる。自社の業種特性に合わせて選ぶ。食品・水産は海洋、製造業は森林、農業関連は里山、テック系は自然再生DX、といった棲み分けが組みやすい
- 複数年の協働で「ベースライン測定→改善」を設計する:生物多様性は単発寄附では成果が見えない。3〜5年で「寄附開始前の生態系ベースライン→寄附による変化→TNFD開示の数値」まで設計しておくと、機関投資家への説明がブレない
具体的な事業は環境保全カテゴリの事業一覧と農林水産業カテゴリの事業一覧から横断的に検索できる。「生物多様性」カテゴリ単体はまだ内閣府25分類には存在しないので、この2つのカテゴリを横串で見ていくのがコツだ。
注意点:「寄附したら終わり」では済まない3つの落とし穴
- 気候との二重計上を避ける:森林保全はJ-クレジット「森林管理」と企業版ふるさと納税の両方で言及できる。ただしScope3のオフセットとして使うのは1回だけにしないと二重計上になる。開示の際は「Scope3オフセットではなく、TNFD開示の定性情報として活用」と明記するのが安全
- グリーンウォッシュ批判のリスク:本業で自然破壊的な事業を継続したまま生物多様性寄附だけを統合報告書に載せると、機関投資家やNGOから「ウォッシュ」と指摘される。本業の自然影響を先に把握(LEAPのEvaluate)してから、弱点を補う方向で寄附先を選ぶと整合が取れる
- 経済的便益の禁止:これは全分野共通。自社の森林認証取得・商品ブランディング・研究データ取得などと寄附を直接紐付けると便益供与に該当しうる。禁止事項7つを必ず事前確認
他の自然資本施策との比較
生物多様性に関わる主な企業施策を比較表にまとめた。各手段の性質を理解して併用すると、TNFD開示の説得力が段違いに上がる。
| 施策 | 自然資本への直接効果 | TNFD開示親和性 | 税効果 | 得意分野 |
|---|---|---|---|---|
| Jクレジット(森林管理) | ○ | △ | △(費用計上) | Scope3オフセット |
| J-ブルークレジット | ○ | ○ | △ | 海洋・藻場特化 |
| 自社OECM認定取得 | ◎ | ◎ | × | 社有林・社有水域 |
| 環境NGOへの寄附 | ○ | ○ | △(損金算入) | 単発の社会貢献 |
| 企業版ふるさと納税 | ○(地域密着型) | ◎(LEAP全要素に対応可) | ◎(最大9割軽減) | 地域自治体との複数年協働 |
社有林があるなら自社OECM認定、海洋テーマならJ-ブルークレジット、それ以外の地域型保全は企業版ふるさと納税、と使い分けるのがベストプラクティスだ。特に「自治体と複数年で伴走する」という機能は企業版ふるさと納税にしかないので、TNFD開示のガバナンス項目(地域ステークホルダーとの対話)の証拠としては最強である。
まとめ
CSR × 生物多様性 × 企業版ふるさと納税は、TNFD開示・30by30目標・ネイチャーポジティブ経済という3つの外部圧力に対して、地域密着のストーリーで答えを返せる数少ないチャネルである。localgovs.net には環境保全+農林水産業403事業のなかから、生物多様性関連で94事業・91市町村・40都道府県の選択肢があり、「生物多様性」「ネイチャーポジティブ」を明示する事業はまだ13件——つまりこの領域は先行者利益の大きい空白地帯だ。TNFD開示の裏付け、30by30への企業貢献、気候×生物多様性の統合アプローチの3観点で稟議を組み立てれば、経営層にも機関投資家にも説明できる強いプログラムが作れる。
具体的な事業は環境保全カテゴリの事業一覧、農林水産業カテゴリの事業一覧から横断的に検索できる。手続き全体を確認したい方は手続き完全ガイドもあわせてどうぞ。